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山口地方裁判所 平成3年(行ウ)2号 判決 1992年12月24日

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、山口県下松市に対し、金九五〇万円及びこれに対する平成三年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、山口県下松市(以下「下松市」という。)に居住する原告らが、同市が実施した公共下水道管延長工事に関し支出した工事代金相当額を被告が不当利得し又は被告の詐欺行為によって下松市に右相当額の損害を破らせたが、下松市の代表者である市長は、右不当利得返還請求権又は損害賠償請求権の行使を怠っているとして、地方自治法二四二条の二第一項四号(代位請求)に基づき、下松市が負担した工事代金相当額を下松市に支払うよう求めた住民訴訟である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告らは、いずれも下松市に居住する住民であり、被告は、鋼鈑製造等を業とする株式会社であり、下松市に主力工場を有している。

2  本件に関する外形的事実経過

(一) 被告は、下松市天王台に約一万一一二〇坪の土地を所有し、同地上に一〇棟の共同住宅を所有して、被告会社従業員のための社宅(以下「天王台社宅」という。)としている。

(二) 下松市は、天王台住宅を含む地域について、下水道法に基づく公共下水道管を敷設整備し、昭和五八年三月一七日、右地域につき、公共下水道の供用開始の公示を行い(以下、右公共下水道を「本件公共下水道」といい、右公共下水道の供用開始の公示を「本件供用開始の公示」という。)、同月三一日、供用開始した。

(三) 被告は、天王台社宅内通路を下松市に寄付する旨申請し、下松市は、右寄付を受領し、昭和五九年一〇月五日、右社宅内通路を市道に認定した。

(四) その後、被告は、下松市と協議した結果、下松市は、右市道の内の一部(別紙図面紫色線部分)について第一三工区公共下水道(天王台地区)工事として、排水設備の設置を行うこととし、平成二年一一月一四日、右工事の入札を行い、工事代金九五〇万円によって、浜田建設に右工事の発注を行った(以下「本件公共下水道管延長工事」という。)。右工事は、平成三年一月に完了し、下松市は、同年三月二五日付けで右工事部分を公共下水道として供用開始する旨の公示を行った(以下、右延長部分の下水道を「本件延長公共下水道」といい、右延長公共下水道の供用開始の公示を「本件延長部分供用開始の公示」という。)。

(五) 原告らは、平成二年一一月三〇日、下松市監査委員会に対し、下松市は被告に対し、本件公共下水道管延長工事に関し、不当利得返還請求権又は損害賠償請求権を有するのに、その行使を怠っているとして、地方自治法二四二条に基づき、住民監査請求をしたが、下松市監査委員会は、平成三年一月二九日付けで原告らの監査請求を棄却する旨の決定を行った。

二  当事者の主張

1  被告の責任についての原告らの主張

(一) 不当利得返還義務の存在について

(1) 下松市は、昭和五八年三月三一日、天王台社宅を含む下松中部処理区につき、公共下水道の供用開始をする旨の公示を行ったことにより、原則として右地域内に公共下水道を追加設置できないこととなった。他方、右公示地域の住民等である被告は、本件供用開始の公示により、下水道法一〇条によって排水設備の設置義務を負担することとなった。被告所有の天王台社宅は、し尿浄化槽による水洗方式であったが、被告は、右社宅からの生活雑排水、し尿処理浄化槽からの排水につき、供用開始を公示された本件公共下水道へ到る排水設備を設置する義務を負うものである。

被告の右排水設備設置義務は、その後、天王台社宅内通路が被告によって下松市に寄付され、市道認定がなされたことにより何ら変動するものではない。したがって、被告は、本件公共下水道に到る排水設備の設置義務を履行すべきであったのに、右排水設備を設置する費用負担を免れようとして、天王台社宅内通路を市道に寄付したことを根拠に、右市道部分へ下松市の費用によって排水設備を設置するよう再三にわたり要求し、遂に下松市との間で、被告の負っていた排水設備設置義務の一部に当たる本件延長公共下水道部分の排水設備を下松市の費用によって設置する旨の合意がなされるに至った。その結果、本件延長公共下水道が下松市の費用によって設置され、本件延長部分供用開始の公示がなされたのである。

以上の経過からして、被告は、自己が負担すべき排水設備設置義務につき、これを下松市に負担させる何らの法律上の原因がないのに、下松市に本件延長公共下水道を設置させてその費用を負担させ、その結果、被告は、下松市の負担により、自己の負担すべき排水設備設置義務の一部である九五〇万円の負担を免れたものであり、下松市に対し、排水設備設置費用相当額九五〇万円の不当利得返還債務を負う。

(2) 被告は、被告の排水設備設置義務と本件延長公共下水道の設置工事との間には関係がなく、右工事には法律上の原因が存在する旨主張する。

しかしながら、公共下水道の整備が完了し、供用開始の工事がなされた場合には、客観的に未完了の状態であったとか、新たに公共下水道を設置すべき客観的事実が発生した場合を除き、右地域に更に公共下水道を設置することは許されない。

天王台地区は、昭和五八年三月までに公共下水道が客観的に整備が完了し、未整備の状態は客観的にはなく、それ故、本件供用開始の公示後、未整備状態があるとして公示の変更を行う実体的要件はない。また、本件供用開始の公示を変更する公示は、下水道法一〇条による排水設備設置義務の変更を生じさせるものであるところ、下松市は、右変更の公示を行っていない。

以上のとおり、本件供用開始の公示後に、何らの公示変更の手続をとることなく、本件延長公共下水道を設置した下松市の行為は、実体的にもその要件を欠き、手続的にも違法なものであり、その瑕疵は治癒されるものではなく、本件延長部分供用開始の公示は無効なものである。

仮に、右公示が無効なものでないとしても、右公示は、下松市が地方財政上それを支出する根拠を与えたという意味を持つに過ぎず、被告が負っていた排水設備設置義務の一部費用負担の肩代わりを正当化する何らの実体的関係に変動を生じさせるものではない。

(3) 被告は、天王台社宅内通路を下松市に寄付したことによって、大きな経済的出捐をしており、被告に利得は存在しない旨主張するが、右通路を市道に寄付することによって、当該市道の管理責任・管理費用は下松市が負うこととなるのであって、下松市にとってその負担が大きいものであり、右道路の所有権を取得したことから得られる利益は通常考えられない。

(二) 不法行為による損害賠償責任について

仮に、天王台社宅内通路が市道認定されたことによって下松市が排水設備設置義務を負担するとしても、被告は、社宅内通路が市道に認定されればその部分についての排水設備設置費用の負担を免れるものと考え、その意図を秘した上で社宅内通路を市道に寄付し、社宅内通路に付着していた排水設備設置義務という負担を下松市に転嫁・負担させてしまったものであり、その結果、下松市に対し、九五〇万円の排水設備設置費用の負担をさせたものである。

よって、被告は、下松市に対し、不法行為による損害賠償として九五〇万円の支払義務がある。

2  被告の主張

(一) 不当利得返還義務の不存在について

(1) 排水設備設置義務の不存在について

ア 原告らは、昭和五八年三月三一日の本件公共下水道の供用開始によって被告に排水設備の設置義務が生ずると主張する。

しかし、公共下水道の供用開始をした天王台地区に存する被告の所有建物には、し尿浄化槽が設置されていたのであるから、被告には下水道法一一条の三による水洗便所への改造義務はない。

イ 仮に、本件公共下水道供用開始によって被告に排水設備設置義務が生ずるとしても、右供用開始の公示後所有権が移転した場合にも排水設備の設置義務者が前所有者であるとする明文の規定はなく、また実質的にもそのような必要性は認められないから、下松市が所有権を取得し、市道認定された天王台社宅内通路については、下松市が下水道法一〇条一項三号によって、排水設備設置義務を負うに至ったと解すべきである。

したがって、被告は、下松市が所有権を取得し市道認定された天王台社宅内通路部分に排水設備を設置したことをもって、被告が義務の一部を下松市の出捐によって免れたものということはできない。

(2) 本件延長公共下水道敷設工事の「法律上の原因」の存在について

被告の排水設備設置義務と下松市の本件延長公共下水道の敷設工事との間には表裏一体関係はなく、被告の右義務とは別に、右工事の法律上の原因の有無が検討されるべきである。

すなわち、基本的に公道には市の負担で公共下水道を敷設すべきであるところ、公共下水道の供用開始後において、排水区域を変更することは違法でなく、本件において、天王台地区を排水区域から除外する変更の公示を行わなかったとしても、利害関係者は被告のみであって結果に影響しない軽微な瑕疵であったし、かつ、右瑕疵は、本件延長部分供用開始の公示(<書証番号略>)によって治癒されたといえる。また、実質的にも、天王台社宅内通路は、市道から市道へ通じ、一般人の通行も頻繁であって公共性を有しており、下松市の「私道への公共下水道布設に関する取扱基準」等の基準も充たしている。さらに、昭和五七年ころ、下松市から被告に対し、寄付等を条件に公共下水道管敷設の申込みがなされた経緯があり、その後被告が右通路を下松市に寄付したことによって右条件がなくなったのであるから、衡平上右通路に対する公共下水道の敷設が見直されてしかるべきであったから、下松市が行った本件延長公共下水道の設置は妥当な処置である。

また、昭和五八年三月三一日の本件公共下水道供用開始には周辺の公共下水道管の未整備に対する配慮が足らなかった面があったため、天王台社宅内通路の寄付を契機として、天王台地区の公共下水道管の敷設を見直すことは望ましいことである。

したがって、下松市による本件延長公共下水道の設置工事は、その合理的裁量権の範囲内の行為であって適法であり、公平・衡平の観点からみても「法律上の原因」がないとはいえない。

(3) 被告における利得及び下松市における損失の各不存在について

被告が下松市に寄付した天王台社宅内通路部分は、本来であれば被告が自由に加工、変更、処分できる土地であるが、面積は3923.44平方メートルと膨大であって、時価に換算すれば約一億五〇〇〇万円にものぼるのであるから、被告に利得は存在せず、むしろ、下松市が利得を得たものであって、損失はないというべきである。

(二) 不法行為責任の不存在について

下松市が行った本件延長公共下水道の敷設・公示は何ら違法なものでなく、その契機となった天王台社宅内通路の寄付も違法でないから、不法行為は成立しない。

三  主たる争点

1  被告は、本件公共下水道管延長工事を下松市に行わせる法律上の原因がないのに行わせ、もって被告の負担する排水設備設置義務の一部設置費用負担を免れたものであるか。

(一) 被告が本件供用開始の公示がなされた後に天王台社宅内通路を下松市に寄付したことによって、被告が負担していた排水設備設置義務に変動が生じたか。

(二) 本件供用開始の公示がなされた後は、新たな本件公共下水道管延長工事を行うことは許されないのか。

(三) 下松市が本件公共下水道管延長工事の代金を支出したことが、被告の排水設備設置義務を肩代わりしたことになるか。

2  被告が天王台社宅内通路を下松市に寄付したことが、不法行為を構成するか。

第三  判断

一  前記当事者間に争いのない事実に証拠(<書証番号略>、証人大村芳夫、同小田秀、同中島宏、原告渡辺敏之、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、下松市天王台に約一万一一二〇坪の土地を所有し、同地上に一〇棟の天王台社宅を所有している。右社宅には、昭和五八年ないし六〇年当時、約一三〇世帯、四〇〇人の下松市民である被告会社従業員及びその家族が居住していた。また、右社宅用地には、別紙図面記載のとおり被告会社の私道である通路(天王台社宅内通路)が存在し、右通路は、市道城山通り、市道青木線、市道平和通りに通じており、付近住民及び不特定の一般市民が日常的に通行する状態にあった。

2  下松市は、昭和五六年度から昭和五八年度にかけて、右天王台社宅を含む地域につき、下水道法に基づく公共下水道管を敷設整備する計画を策定・実施した。

この計画の策定・実施にあたり、下松市は、昭和五七年夏ころ、被告に対し、天王台社宅内通路が公衆の用に供され、その一端が公共下水道の敷設されている公道に接しているものであり、また、公道から公道へ通じているものであったので、右通路に公共下水道管を敷設させて欲しい旨申し入れた。ところが、下松市からの右申し入れには、天王台社宅内道路を下松市に寄付するか、地上権を設定することが条件として付けられていた。被告は、当時、天王台社宅内通路が公共性の強い道路であり、市道から市道へ通じている道路でもあることに鑑み、右のような条件の下でなくとも公共下水道が敷設されると考えたことと、オイルショック後の被告会社の経済的事情から天王台社宅を処分等する可能性があることを考慮し、右条件の下で公共下水道を敷設することを受諾できないとして右申入れを断った。そのため、下松市は、天王台社宅内通路(ただし、他の住民に関する一部通路部分を除く。)を除外して、別紙図面緑色部分(楠木町側から67.4メートル)及び茶色部分について公共下水道の整備を行い、昭和五八年三月一七日、右地域につき、本件供用開始の公示を行い、同月三一日、供用開始した。なお、本件公共下水道の排水施設は、分流式であって、水洗便所を含む生活に起因する汚水を処理するものであり、また、被告の天王台社宅にはし尿浄化槽が設置されていた。

3  被告は、その後、経済環境が改善されてきたことと、天王台社宅内通路を通行する自動車の数が非常に増加し、交通事故が生じたときの管理責任を追求される可能性が高くなってきたので、下松市に管理してもらおうと考えたことと、公共下水道管を敷設してもらう上での条件を満たすことになって、将来公共下水道管を敷設してもらえるのではないかと考えたこと等から、昭和五八年の八月ころ、天王台社宅内通路を下松市に寄付することを決めた。そして、被告は、そのころ、下松市の土木建設課に対し、天王台社宅内通路を市道に認定してほしい旨の申入れをし、担当の土木建設課においては、当該道路の公共性を認め、市道認定の前提としての諸条件を付し、市道に認定する方向で検討を始めた(昭和五八年八月〜昭和五九年一月)。

被告は、下松市の指摘する道路補修、物件設置及び実測図等の作成を行い、市道認定に必要な条件を満たした上、「市道路線認定申請書」を昭和五九年八月二一日付けで下松市長に提出した。下松市は、同年九月一四日、最終的な市道認定の決定を行い、同年一〇月五日の市議会において可決承認され、右市道用地について、昭和六〇年三月九日受付で、同月一日寄付を登記原因とする被告から下松市への所有権移転登記がなされた。なお、この市道認定に際して、下松市土木建築課としては、「下松市道路認定基準要綱」の規定に基づき事務手続を行っており、下水道敷設についてはこの要綱上認定要件となっていないため、この時点では何も触れられておらず、市議会においても下水道敷設のことは何も問題にならずに可決承認されたものである。

4  その後、被告は、下松市に対し、天王台社宅内通路に公共下水道管を敷設してくれるよう継続して要望していたが、下松市の下水道課は、供用開始後には公共下水道を敷設しないという従来からの運用と、昭和五九年を初年とする下水道に関する長期計画を控えていることもあって、被告に対し、「供用開始後であるから、被告の方で現在敷設されている公共下水道管に排水設備をつないで欲しい。」旨述べて、被告の右要望を断っていた。

そして、下松市下水道課は、昭和六〇年八月、被告に対し、天王台社宅地域の水洗化促進の指導を行ったが、被告は、天王台社宅内通路を市道に寄付したことから、右通路に公共下水道を敷設してもらえるのではないかとの思惑もあって、右指導に応じることはなかった。

5  下松市は、昭和六三年夏ころ、地域の環境整備を優先すべきとの判断と公道から公道へ通じる道路の場合には公共下水道を敷設するとの従前からの下松市の方針及び本件供用開始の公示が、市道から天王台社宅内通路へ通じる三か所の入口のうち一本の入口のみに本件公共下水道を敷設した段階でなしたことには少なからず配慮が足りなかったとの考えもあって、天王台社宅内通路への公共下水道の敷設を行うこととし、被告との間で交渉を開始した。下松市は、昭和六三年一二月一三日、被告に対し、天王台社宅内通路に公共下水道管を敷設する案を提示し、さらに被告からも敷設案の提案がなされるなどして協議を重ねた結果、平成元年三月に策定された「下松市公共下水道事業第三次基本実施計画(平成元年度〜五年度)」に計上できることとなった。

そして、下松市は、平成二年一一月一四日、天王台社宅内通路の一部である別紙図面紫色線部分(市道延長の約四〇パーセント)と接続部分である同図面赤色線部分について公共下水道管を敷設する工事の入札を行い、工事代金九五〇万円によって、浜田建設に対し、右工事の発注を行った。右工事は、平成三年一月に完了し、下松市は、下水道法九条一項に基づき、同年三月二五日付けで右工事部分について、公共下水道の処理を変更する旨の公示を行い、同年四月一日から右処理変更がなされた本件延長公共下水道の供用が開始された。

二  主たる争点1について

1  右の事実によると、被告は、昭和五八年三月三一日、本件公共下水道の供用が開始されたことにより、右公共下水道に到る排水設備を設置すべき義務を負ったものということができる。そして、被告所有の天王台社宅にし尿浄化槽が設置されていたとしても、本件公共下水道が分流式のものであって、し尿以外の生活雑排水も処理するものであるから、右生活雑排水やし尿浄化槽から排出される放流水を処理するために公共下水道に到る排水設備を設置する義務を免れるものではない。

2  それでは、被告が本件供用開始の公示後に天王台社宅内通路を下松市に寄付したことによって、被告が負担していた排水設備設置義務に変動が生じたか検討するに、下松市は、右天王台社宅内通路の所有権を取得したことによって、抽象的には右道路部分にかかる排水設備設置義務を負うに至ったものと解することは、下水道法一〇条一項三号の規定に徴し明らかではある(もっとも、本件公共下水道は、分流式であって雨水を排水するものでないから、下松市は、右道路部分に関する具体的な排水設備設置義務を負うものではない。)(証人木村芳夫)が、下松市が、右道路部分の排水設備設置義務を負うに至ったことによって、被告の本件公共下水道に到る排水設備設置義務に変動をきたすものではないというべきである。

3  しかして、右の事実によると、本件延長公共下水道は、従前の本件公共下水道に比し、被告所有の天王台社宅の近くまで敷設されているところ、本件延長公共下水道の供用が開始されたことにより、被告は、本件延長公共下水道に到る排水設備を設置することによって、被告が負っていた排水設備設置義務を履行できることになったということができる。このような、被告に有利な本件公共下水道管延長工事を下松市が行ったことに、法律上の原因があるかが、次に検討すべき問題である。

(一) 下水道法三条一項は、公共下水道の設置、改築、修繕、維持その他の管理は市町村が行うものとする旨規定しており、右「設置」には、公共下水道の新たな築造行為のほか、排水区域の拡張を招来する公共下水道の施設の増築を含むものと解するのが相当である。

したがって、本件のような公共下水道管の延長は、公共下水道施設の増築に該当するから、原則として、市町村が行うべきものである。そして、公共下水道管の延長について、どの地域にどの程度の延長を実施するかは、その必要性の程度、当該市町村の予算、地域の衛生状態等を総合考慮して決せられるものであり、市町村の裁量に委ねられているものと解すべきである。

(二) 右の事実によると、下松市は、天王台地域の環境整備を優先すべきとの判断と天王台社宅内通路が市道認定され、かつ、右道路が公道から公道へ通じる道路であって、そのような道路については、公共下水道を敷設するとの従前からの下松市の方針及び本件供用開始の公示が、市道から天王台社宅内通路へ通じる三か所の入口のうち一本の入口のみに本件公共下水道を敷設した段階でなしたことには少なからず配慮が足りなかったことを総合考慮して、天王台社宅内通路への公共下水道の敷設を行うこととし、その敷設距離も受益者となる被告と協議して、天王台社宅内通路延長の約四〇パーセントに留めたことを認めることができる。そして、下松市が右のような判断の下に本件延長公共下水道の敷設工事をしたことは、適切な裁量の下になされた行政権の行使であるということができる。

これに対し、原告らは、本件供用開始の公示がなされた後は、新たな公共下水道を敷設することができず、本件の場合、右敷設を正当化する実体的要件もないし、本件供用開始の公示の変更の公示を行っておらず手続的にも違法である旨主張する。

しかしながら、下水道法一〇条によって、公共下水道の供用開始がなされた後に排水設備の設置義務が課されるのは、公共下水道の整備がなされても、各家庭ないし工場等の下水がその公共下水道に流入されず依然として地表に停滞し、又は在来の溝きょを流れていたのでは土地の浸水の防止及び清潔の保持は全く不可能なことであり、都市の健全な発達や公衆衛生の向上に寄与するという目的は達せられず、公共用水域の水質保全を図ることもできないから、「利用の強制」が設けられたものである。したがって、供用開始後であっても、各家庭ないし工場等の下水が公共下水道に流入されるよう市町村が公共下水道管の延長等をすることは、下水道法一〇条の規定に違反するものではないし、前記下水道法三条の趣旨にも合致するものと解するのが相当である。

さらに、本件公共下水道管延長工事が実体的に正当なものであることは右説示から明らかであるし、また、原告が指摘するような、手続的な問題点が存在したとしても、下松市は、下水道法九条一項に基づき、平成三年三月二五日付けで本件延長公共下水道について、公共下水道の処理を変更する旨の公示を行った上で、同年四月一日から右処理変更がなされた本件延長公共下水道の供用が開始されたのであるから、右供用開始をもって無効ということはできない。

4  すすんで、下松市が本件公共下水道管延長工事の代金を支出したことが、被告の排水設備設置義務を肩代わりしたことになるかについて検討する。

下松市が本件公共下水道管延長工事を実施したのは、下松市としての行政目的達成のために、その判断の下に行ったことであり、右工事の実施及びその費用の支出には法律上の原因があるものというべきである。そして、本件公共下水道管延長工事の実施によって、被告が負担する排水設備設置義務を履行するに当たって有利になることがあったとしても、右利益は、下松市が行った行政行為によって間接的に受けた利益というべきであって、これをもって下松市が被告の排水設備設置義務を肩代わりしたものということは到底できない。

5  よって、被告が下松市の行った本件公共下水道管延長工事によって不当利得したとの原告らの主張は認められない。

三  主たる争点2について

1  前記認定説示のとおり、下松市が公共下水道管の延長を策定し、右工事費の一部を負担したことは、何ら違法なものではないから、これを惹起させた被告の天王台社宅内通路の寄付を違法と解することもできない。

2  また、被告が下松市に対して天王台社宅内通路を寄付した際に、公共下水道管の敷設をしてもらうことの意図を秘していたと認めるに足りる証拠はなく、この点からも不法行為の成立を認めることはできない。

四  結論

以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 内藤紘二 裁判官 藤田昌宏)

別紙 図面<省略>

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